こんにちは、BabyJです😊。
私は、はっきり言いたいことを言うせいか、周りの人から「男っぽい」とか「男っぷりがいい」とか言われます。その一方、私の母親はまさに女。
自分より綺麗な人、お金持ちの人、恵まれている人に対して、競争意識を抱いたり、妬んだりするのです。
私の場合は、いろいろな面で優れた人を素晴らしいと思い、自分もそうなりたいと思うだけです。自分と相手を比較する感情はないのです。
こんな風に感じ方が異なると、同じ人、同じ状況に対しての感じ方や解釈が驚くほど違ってくるのです。
今日は二人のものの見方の違いから人の妬みや嫉みについて感じたことをお話します。
家を出て行く友人の話
事の発端は、私の同年代の友人が(つまり50代)、旦那様と子供と暮らしていた家を出て、近くに借りたアパートで1人暮らしをすることになった話です。
地方に住んでいた旦那様のお母様が一緒に住むことになったためです。お母様が病気を患ったことがきっかけでした。
友人は専業主婦ではあるものの、アーティストとしての活動も始動しつつあったため、自分の生活は守りたいという考えから、別に住むことを決断したのでした。
最初、私はその決断に驚きました。
でも、考えてみると、親の介護による重圧と閉塞感で追い詰められ、親を殺害して自殺するなど、重苦しいニュースが多い中、自分の自由を守るために家を出る、というあり方も1つの選択肢としてあってもいいのではないかとも思いました。
ブログなどSNSで発信したら、きっと興味を持たれるのではないか。きっと爆発的なアクセスが得られるに違いない、などと思い、ここ最近、家で、彼女の話ばかりしていたのでした。
彼女が羨ましい!?
が、ある朝、「旦那様はアパートの家賃も払うことになるんだから、本当に理解があるんだね。」と言ったその時、母親は言ったのです。
あなたは、本当にその人が羨ましくて仕方ないのね。
私はとても驚きました。かけらほどもそんな気持ちはなかったからです。
彼女の決断とこれからの動向に、とても興味と関心があったから話題にしていたのです。それ以上でも以下でもありません。
あなたは、自分が働かなければならないのに、その人は自由に好きなことをしているから羨ましいのね。
会社に多大な不満はあるけれど、仕事は大好きだし、きっと私は、働かずに済む身分だったとしても、何かしら働いていたでしょう。
働かなければならないことは確かだけれど、だからと言って、働かないで済む人を羨ましいと思ったことなどないのです。
どうしてそういう解釈になるのだろう。と思ったけれど、いくら弁明しても、母親は自分の解釈が正しいと頭から決めており、馬の耳に念仏、馬耳東風でした。
カラオケが羨ましい!?
思えば、昔にも同じようなやりとりがあったのです。
まだ子供が小学生だった頃、突然38度の熱を出したことがあります。
けれども、私は、会社でどうしても出席しなければならない重要な会議がありました。だから、私は母親に子供の世話を頼んだのです。
が、母親はカラオケがあるからと言ってそれを断ったのです。
自分の会社の会議の方がカラオケより大事だ、と思うのは私の偏見、と自覚しつつも、カラオケのために会社を休まざるを得なくなったことで私は不満をダラダラと繰り返したのです。
その時も母親は言ったのです。
あなたは、いつも働いていて自由な時間がないから、私がカラオケで楽しんでいることが羨ましくて腹が立つのね。
その時もあまりにも的外れな解釈だったので、目が点になったのです。
近所の人とカラオケを楽しむ母親が羨ましいはずがありましょうか。
常に人と比較して妬み、嫉み
そうしたことに限らないのです。
母親を見ていると、テレビを見ていても、外で誰かに会った時も、いつも自分と誰かを比較して、羨ましいとか、妬ましいとか、優越感や劣等感の間を行ったり来たりしているように思うのです。
それは母親と年代が同じ、デビ夫人であったり、安倍首相の妻であったり、農家で働く人であったり、障害者だったり、病床にある人だったりするのです。
外見や富、健康、など様々な優劣の比較から生まれる感情。
一方、私は、自分と人を比較することはないのです。綺麗な人を見れば「綺麗な人!」、優秀な女性に会えば、「すごい!」などと思うだけです。
あんな風になりたいと憧れることはあるけれど、自分と比較してどう、という気持ちではないのです。
だから、母親のそういう妬み、嫉みという解釈、感情に遭遇すると「本当に女の人だなぁ」と思うのです。
妬み、嫉みは女だけじゃない
けれども、こうした妬み、嫉みの感情は、うちの母親が特別という訳ではないのです。
常に自分と人を比較して、自分の相対的な位置を確認せずにいられない、という人は多いのかもしれません。
私は、母親のそういうあり方を「とても女だな。」と感じたけれど、女性だけが妬みや嫉みの感情を持つという意味ではありません。
ただ、男性の場合は富や権力に関するもので、性質の違うもののように思います。それが、競争心や闘争心に繋がって向上のバネになったりもするのでしょうけれど。
「他人の不幸は蜜の味」という言葉があるけれど、人の幸せを妬み、不幸を喜ぶ人は多いのかもしれません。
誤解は避けられない
そして、それは翻って、自分もそのように感じていると解釈されてしまう可能性があるということです。
今回のように、こちらは全くそんな考えや感情を持っていなくても、そういうものの見方をする人は他人を同じ枠組みで解釈するのです。
こちらは全く意図せずに、妬んでいると思われたり、逆に妬まれたりということが、知らない間に起きる可能性があるということです。
会社で何の意図もなくしていることを妬まれたり、SNSで、何の気なしに言ったことを嫉妬と思われたり、知らないうちに違った捉え方をされているのかもしれません。
でも、こればかりは、意図的に気をつけることも防ぐこともできないのです。
こういう誤解が起こり得るのだ、と理解しておくことだけです。そして、こういう思考の枠組みは人によって違っているのだということも理解しておく必要があります。
いずれにしても、人を妬み嫉むより、素敵な人や成功している人をロールモデルにした方が、自分にとってずっとお得だと私は思うのです。
ではでは😊👍🏻。